[音声付]「体験談」東日本大震災@関東での体験

2023年8月8日

自分が経験した東日本大震災について書きます。
なるべく時系列順に書きます。場所は埼玉周辺です。
10数年前なので曖昧な箇所もございます。
*転載や引用は許可します。TwitterのDMで教えてください。
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この記事は音声読み上げ対応しています。
長さは、7分28秒です。

 

①「変な空模様」

(発生まで10分前)

仕事は早上がりで、
金曜日のルンルン気分で帰路に就く。

なんとなく、空を見上げると青空の中に
どす黒い雲がポツンとあった。

「雨が降るのかな~」と呑気に考えていた。
特に気にも留めず帰路に就く。

 

②発生

アスファルトの上を歩いていると、
突如、電柱が激しく動き出した。

この時は「突風!?竜巻か」と思ったが、
車まで揺れだした。

そして、周辺の家から人々が飛び出してくる。
自分はこの時点で「地震なんだ」と理解をした。

近くにある公園に駆け込んだ。

ビジネスバッグを頭に置いて公園に駆け込む人もいた。

不謹慎だが、避難した先に犬がいて、
恐怖からか揺れている最中はずっと見ていた。
なので、最初の巨大な揺れはあまり覚えていない。

 

③帰宅する

急いで帰宅した。

家の中はめちゃくちゃ。
棚から半分近くの物が落下していた。

水槽からは水が溢れており、
周りは水浸しになっていた。
半分近く溢れていた。

しばらく家の中を散策していた記憶と
少し呆然していた記憶がある。

 

④余震

関東や東北に居た人は知っていると思いますが、

2時46分の本震の29分後に
マグニチュード7.6の最大余震が起きた。

この時、自分は建物の中におり、
本震の時よりも揺れが強いと感じた。

このまま建物が崩れるとさえ感じた。

人生の中で様々な揺れを経験したが、
この地震が一番恐怖を感じた。

 

⑤画面越しの津波

地震発生直後の報道主体は、

今では信じられないが「津波」ではなく、
「地震の揺れ」であったと記憶している。(当方、関東)

テロップでも「関東で2回大地震」みたいな感じだった。

そして、徐々に大津波警報の範囲が広がり、
報道の主体が大津波に移っていったと記憶している。

画面越しに、流される家屋や押しつぶされるビニールハウスを
ただただ見ていた。

この時は大津波の恐怖よりもテレビで衝撃映像を見ているような
感覚であった。
ただ、見ていた記憶が残っている。

壊滅した街、どんどん増える死亡・行方不明者に
現実を感じられなかった。

飛行機や車で数時間で行ける場所がこんな感じになっているとは、
想像することが出来なかった。

言い方は良くないが、遠い国の出来事のように感じた。

 

⑥影響

住んでいた場所はほぼ揺れの被害だけで済んだが、
影響は色々とあった。

まず、最寄りの幹線道路が大渋滞していたのである。
後にも先にも、高速道路のように渋滞していたのはこの時だけだった。

あと、コンビニに寄ったとき、
弁当やおにぎりの棚がスカスカだったのを覚えている。
この入荷がされない状況はしばらく続いた。

また、いわゆる「地震酔い」にもなった。
じっとしていると「揺れてる?」と感じるのである。

今でもたまにありますが、この震災以降に
感じられるようになった気がします。

 

⑦原発事故と実際の体験

津波と同じくらい報道されたのが、
「原発事故」である。

事故報道がどんどん深刻になっていくのを
覚えている。

爆発する映像は衝撃だった。

どんどん避難地域を示す円が、
広がっていくのを見ていた。
30kmくらいの大きな円が目に焼き付いている。

この原発事故には後日談がある。

(住んでいた場所は、原発から離れており、
直接的な影響はなかった。)

事故後、通販で線量計を入手した。
何回か屋外の排水口の線量を測っていた。

そしてある日、一度だけ、
線量計から「ピーピー」という音が鳴った。

この時自分は、
「原発事故ってあったんだ」と現実的に知らされた。

 

⑧焼き付いた日付

この震災は自分の人生のある意味、
ピリオドになっている。

例えば、昔の映像に「撮影:2010.06.01」と書いてある。
このような大震災間近の日付や直後の日付を見ると、
必ずこの震災を思い出してしまう。

YouTubeでも投稿日が2011.03.09とかだと余計に思い出す。

小中高…の入学した年は覚えているように、
心に「2011年3月11日」が焼き付いている。

 

⑨精神的ストレス

東日本大震災の津波は、大勢の人によって記録された。

何度も繰り返し放送される津波の映像は目に焼き付いている。

自分は、津波の映像でストレスを感じるようなことはなく、
YouTubeで見たりすることもあった。

しかし、ある日を境に津波の映像に対して、
ストレスを感じるようになった。

心が圧迫されるような感覚で、
原因はよく分からない。

たまに、YouTubeで津波の映像がアルゴリズムで表示されるが
「興味なし」を選択している。

「この映像には津波が含まれます。」のテロップの重要性に
気づかされた。

津波に直面していない自分でも映像でストレスを感じるとは、
思いもしなかった。

 

⑩教訓

まず前提として震災は起きてほしくない。

しかし、起きたことを戻すことはできない。
教訓として伝承していくことが求められる。

例えば、2022年トンガ噴火津波では現地の人が、
この震災を教訓に避難をして助かった。

日本でも海外でもこの震災の教訓は、
生きていると感じた。

震災の記憶を伝えること、

いつ起きるか分からない災害に備えることが、

この震災を経験した一人ひとりの役目だと思います。

 

⑪最後に

体験したことをそのまま書いたので、
読みにくい文章かと思います。

東北の方による体験談は多くありますが、

関東の人間の体験談は少ないと感じたので、
今回書きました。

この震災は全国が被災したといっても過言ではない
規模でした。

「避難していれば」

「備えていれば」

が通用しないのが災害だと思い知らされました。

日頃からの備えが大切です。

この体験談が皆様のお役に立つことを願っております。

*音声@声ふぉんと

ブログ,災害

Posted by katatsuchi